屋久島アウトドアスクール "ポータレッジ"

自分の冒険をしない冒険もある。|3つの島を巡る10泊11日「アイランド・ジャーニー2026」活動レポート

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2026年 7月26日〜8月5日。

種子島、屋久島、口永良部島を巡る10泊11日のサマーキャンプ「アイランド・ジャーニー」が無事に終わりました。

大きなトラブルもなく、台風もギリギリかわした夏の大冒険。

日本全国、いや、遠くはフランスから子どもたちが集まりました。

たくさん遊んで、挑戦して、泣いて、笑って。

予定通りにいかなかったこともたくさんあったけれど、それも含めて記憶に残る旅になりました。

今回の旅で、子どもたちは何を持ち帰ったのか。

少しずつ振り返ってみようと思います。


DAY1|禊から、自分の冒険について考える

アイランド・ジャーニーのビジョンは、

「自分の冒険に挑戦し、仲間の冒険も応援できるマインドをつくること」

島内外から集まった子どもたちは、軽く自己紹介を終えるとヘルメットを身につけ、近くの沢へ向かいました。

目的地は海岸の洞窟。

コウモリが住む用水路のトンネルを抜け、海へ向かって沢を下っていく。

途中、大きなテナガエビたちがピュンピュン飛んで逃げていきます。

何度かキャンプに参加している子どもたちは、さっそく手づかみでエビを捕まえる。

「今日の夕飯、一品増えた!」

と喜んでいる。

しばらく歩くと視界が開け、目の前に海が現れます。

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沢の水は岩の割れ目へ吸い込まれ、その先の暗いトンネルへ滝となって落ちている。

トンネルは、ずっと奥まで続いている。

得体の知れない、エネルギーの強い空間。

子どもたちは一人ずつ滝に打たれ、暗いトンネルの向こうへ歩いていきます。

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前の人の姿が見えなくなったら、次の子が進む。

都会の日常から一転。

屋久島の自然の近さと、少しの怖さと、水の気持ちよさを全身で感じる。

ある意味、旅の前の禊のような時間でした。

ベースへ戻ったら、今度は自分自身の冒険について考えます。

「このキャンプで、どんな冒険をしたい?」

「その冒険を、どうしてやってみたいと思ったの?」

「チャレンジしようと思っている“心の壁”ってあるかな?」

そして最後に、

「わたしの冒険のタイトルは、〇〇です。」

それぞれが自分の冒険に名前をつける。

ここから、10泊の旅が始まりました。

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自分の冒険に夢中になる種子島

DAY2|波乗りに挑戦する

屋久島からフェリーで種子島へ。

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島間港に着き、まずは自分たちが数日間暮らす熊野のキャンプ場へ向かいました。

荷物を降ろし、自分たちが寝るテントを大人と一緒に立てる。

ここから種子島での暮らしが始まります。

午後は、種子島の信頼するサーファー、ボディボーダーたちと海へ。

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この日は南部の海に少し大きな波が入っていたため、メジャーなポイントを避け、僕たちだけで使える穏やかな場所を選びました。

まずは波に乗る感覚を知るところから。

サーフボードに立つこと。

ボディボードで波に押されること。

足元の安定しない板の上で、絶えず動き続ける水に身体を合わせる。

サーフィンは、自分の思い通りにならないものに身体を預ける遊びでもあります。

スタッフが沖と岸に分かれてサポートしながら、何度も何度も波に乗る。

最初は恐る恐るだった子も、一本乗れると顔つきが変わる。

「もう一回。」

その言葉が増えていきました。

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キャンプ場へ戻れば、今度は自分たちの暮らしをつくる時間。

薪を拾い、火を起こし、羽釜と大鍋で夕食をつくる。

薪を入れる人。

火を見ている人。

野菜を切る人。

まだどう動けばいいかわからず、眺めている人もいる。

無理に「全員やりなさい」とは言いませんでした。

やる子がいて、見ている子がいる。

それも含めて、まずはこの共同生活に慣れていく。

夜は椅子を円に並べて「ビーズの輪」。

誰かが話している間は、ほかの人は口を挟まない。

子どもも、大人も同じ輪に入ります。

今日何があったのか。

何を感じたのか。

楽しかったことも、うまくいかなかったことも、自分の言葉で話してみる。

海で身体を動かしたあとに、今度は自分の内側に少し目を向ける。

種子島での最初の夜でした。


DAY3|昨日より、自分で波に向かう

次の日の朝、海へ向かう前に「チェックイン」をしました。

確認するのは、

頭。身体。そして、心。

頭はスッキリしている。

身体も元気。

でも、なぜかわからないけれど心が少し沈んでいる。

そんな日もあります。

「どうして?」に、必ず答えがあるわけでもない。

大切なのは、自分が今どんな状態なのかを、一度自分で見てみること。

そして、それを仲間にも伝えてみること。

自然の中で本気で遊ぶからこそ、身体だけじゃなく心の状態も大切になります。

できない自分も自分。

人と違う自分も自分。

自分自身の状態を知って、その自分と付き合っていく。

このチェックインは、旅の中で少しずつ大切な時間になっていきました。

海に出ると、昨日サーフィンを教えてもらった子どもたちの中から、

「今日は自分でやってみたい」

という声が増えていました。

そこで、自分たちで挑戦する場所と、スタッフと一緒に練習する場所を分けます。

昨日は押してもらっていた子が、自分で波を見て、自分で板を動かしていく。

全員が波の上に立ち、思いきり種子島の海を感じました。

午後、再び海へ向かおうとしたところで地震が起きました。

その瞬間、旅の空気が変わります。

海へ行くのか。

高台へ移動するのか。

キャンプ場へ戻るのか。

スタッフ同士で情報を確認し、余震や津波の可能性も含めて動きを考える。

自然は楽しいだけではない。

僕たちの都合とは関係なく、大きく動くことがあります。

結果として、この日は海へ戻らずキャンプ場で過ごすことにしました。

夜は、いつものビーズの輪を少し変更。

みんな旅の疲れも出ていたので、一人が歌い、その音に周りのみんなが声や音を合わせていくワークをしました。

誰かの音を聞く。

自分だけが目立つのではなく、相手に合わせる。

「寄り添う」ということを言葉だけで説明するのは難しいけれど、音なら身体で感じられることがあります。

終わったあと、

「明日もやろう」

という声が出ました。

この頃から、男女も含めて少しずつ、ひとつの集団になり始めたように思います。


DAY4|自分の壁と、島の暮らし

この日は島の北部へ。

地元の人たちと連絡を取りながら、その日の波を見て場所を選びます。

昨日よりもしっかりしたうねり。

思うように乗れないこともある。

それでも、何度も海へ向かう。

同じ場所には、海へ飛び込める堤防もありました。

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低い場所からでもいい。

少し高いところからでもいい。

高さは自分で選びます。

一番高い場所に立ち、しばらく動けなくなる子もいました。

下を見る。

戻る。

また前へ出る。

仲間たちは、その子が決めるのを待つ。

そして最後には、自分で決めて飛び込む。

誰かに無理やり背中を押されて飛ぶのではなく、

自分のタイミングで、自分の壁を越える。

そういう瞬間が、この旅には何度もありました。

午後は「もっとサーフィンをしたい」という案と、「島の文化や森を見に行く」という案を出しました。

子どもたちが選んだのは後者。

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昔ながらのサトウキビから黒糖をつくる話を聞き、屋久島と種子島にだけ残るヤクタネゴヨウの森を歩きます。

海で思いきり遊ぶだけではなく、その島で人がどう暮らしてきたのかにも触れる。

それも島を旅する面白さです。

ところが夕方、思いもよらないことが起きました。

予定していたバーベキュー場の近くで火事が発生。

乾燥した草に入った火が山へ燃え移り、僕たちがいた場所からも煙と炎が見えました。

幸い大きな被害にはなりませんでしたが、予定していた場所は使えなくなりました。

子どもたちも、大人たちも、頭の中は火事のことでいっぱい。

一度チェックインをすると、

やっぱり、ほとんどの子の「頭」が火事に持っていかれていました。

自分たちが見たものを、一度言葉にする。

そうして気持ちを整えたあと、地元の方のご厚意で別の場所をお借りして夕食を囲みました。

種子島で漁をしているご夫婦が、その日に水揚げした魚をたくさん持ってきてくれました。

普段は魚が苦手な子まで、

「これ美味しい」

と食べている。

地震があり、火事があり、予定は大きく変わった。

それでも最後には、島の人たちに助けられながら、みんなで食卓を囲んでいる。

旅は予定表通りには進まない。

でも、予定が崩れたときに現れる人との関係性もまた、その島でしか出会えないものなのだと思います。


DAY5|「ない」から考える

種子島で過ごしている間、子どもたちにはほとんどコンビニやスーパーへ行く機会をつくりませんでした。

財布も種子島へ到着した時点で一度預かっていました。

そして島を離れるこの日、財布を返し、みんなでコンビニへ。

子どもたちが店に入っていく姿は、どこかおもちゃ屋さんへ駆け込んでいくようにも見えました。

今の子どもたちにとって、コンビニがあることは当たり前なのかもしれません。

でも、このあと向かう屋久島にも、口永良部島にもコンビニはありません。

便利なものがなければ、不便になる。

でも、

ないなら、考える。

火がワンタッチでつかないなら、どうやって起こすのか。

ご飯が出てこないなら、誰が何をするのか。

雨が降ったら、どうやって濡れずに過ごすのか。

自分たちの暮らしを、自分たちで考える。

便利さを否定したいわけではありません。

僕だってコンビニがあれば行きます。

ただ、便利なものが一度なくなったとき、

「ないからできない」

ではなく、

「じゃあ、どうする?」

と考えられること。

キャンプには、そんな力を使う場面がたくさんあります。

種子島を離れる前、千座の岩屋へ。

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そこで、この島で最後のビーズの輪をつくりました。

旅の最初に、スタッフから子どもたちへ伝えた言葉があります。

「このメンバー全員で、もう一度同じ旅をすることは、たぶんない。」

全国各地から、たまたまこの夏に集まった子どもたち。

スタッフだって、次もまったく同じメンバーになるとは限りません。

同じように見える一日も、

同じ人と、

同じ場所で、

同じ時間を過ごすことは二度とない。

今すぐわからなくてもいい。

いつか、

「あの時間って、すごく特別だったんだな」

と気づく日が来ればいい。

大きな怪我もなく、子どもらしい悩みやぶつかり合いもありながら、種子島での日々を終えました。

サーフィンができるようになったこと以上に、

自分でもまだ知らなかった自分の扉を、少しだけ開くことができた。

そんな島だったように思います。

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冒険、屋久島では、それが少しずつ「仲間」へ向いていった。

DAY6|みんなで沢を登る

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屋久島でのメインプログラム、沢登り。

沢登りがトレッキングと大きく違うのは、

「道がないこと」

です。

道がないということは、自由でもある。

どこを登るのか。

どこから飛び込むのか。

泳ぐのか、岩を越えるのか。

自分でルートを選び、自分で遊び方を選びながら沢を登っていく。

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沢登りには、冒険の要素がたくさん詰まっています。

ルートを選び、描くこと。

勇気を出して飛び込むこと。

仲間と助け合うこと。

ちょっとしたハプニングがあったあと、自分で気持ちを立て直して最後までゴールした子もいた。

飛び込みたかったけれど、どうしても飛べなくて悔し涙を流した子もいた。

楽しいだけじゃない。

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身体の冒険と一緒に、心の冒険もたくさん起きていました。

その中で、一番印象に残ったことがあります。

帰り道。

いつも先頭の方を歩ける男子の一人が、少し遅れて歩いている女の子の横について、最後尾を歩いていました。

何か励ますわけでもない。

手を引っ張るわけでもない。

ただ、一緒にいる。

見守っている。

河原で振り返りをしたとき、彼が言いました。

「見守るのは、自分の冒険をしない冒険だった。」

この言葉は、今回のアイランド・ジャーニーを象徴する言葉の一つになりました。

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自分がやりたいことをやることだけが冒険じゃない。

時には、自分の冒険を少し横に置いて、誰かの冒険のそばにいる。

旅の最初に掲げた、

「自分の冒険に挑戦し、仲間の冒険も応援する」

というものが、少しずつ子どもたちの中から現れ始めた瞬間だったように思います。

夜は、スタッフのヤブジュンがメンバーでもあるバンド「へでなし」のライブ。

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「冒険には音楽も必要だ」

そんな思いで開催した夜でした。

大人たちが、子どもたちへ全力で音を鳴らし、メッセージを届ける。

子どもたちは真剣に、時には楽しそうに、その音を聴いていました。

自然の中で遊ぶだけではない。

こんな夜も、旅には必要なんだと思います。

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日の出とともに朝活

DAY7|自由な一日。自由ってなんだろう。

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この日は、自分で冒険を選ぶ日。

海へ出たり、お菓子をつくったり。

それぞれが自分の「やりたい」を追いかけて過ごしました。

……と言いたいところだけれど、朝から予定通りにはいきませんでした。

本当は早起きして、一日を目いっぱい楽しむ予定。

でも昨晩は満月。

夜更かしした子どもたちもいて、朝のスタートはかなり遅れました。

そこで、

「いい冒険には、いい準備と睡眠も必要だよ。」

と伝えます。

大人が一から準備して、

「早くして」

「次これやって」

と管理すれば、予定通りには進められる。

でも、この旅でやりたいことはそれじゃない。

自由って、

好き勝手にすることだけじゃない。

自分を律することだったり、周りとの関係性だったり、自分の選択の先に起きることまで引き受けることだったりする。

そんなことが少し伝わった一日だったように思います。

その中で、執念で突いたタカノハダイ。

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あの一匹は、きっとその子にとって自信と宝物になったと思います。

夜は屋久島最大の祭り、御神山祭りへ。

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火を起こし、神様をお迎えする祭り。

自然の中で遊ぶだけでなく、その自然とともに暮らしてきた島の文化にも触れる。

旅は少しずつ深くなっていきます。


生命の有限さを知る口永良部島

DAY8|ゼロから1をつくる

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朝のフェリーで口永良部島へ。

人口89人の火山島。

キャンプ予定地には、水道も電気もありません。

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鹿児島県から特別に野営の許可をいただき、

「何も残さず帰る」

ことがルール。

まずは自分たちが暮らす場所をつくります。

太陽はどちらへ動くのか。

風はどこから吹くのか。

人はどこを歩くのか。

どこにテントを張ればいいのか。

いろんなことを考えながら、テントとタープを設営していきます。

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野営地から藪道を10分ほど歩けば海。

誰もいない、ほとんどプライベートビーチのような磯です。

少し海は荒れていましたが、みんなで海へ繰り出しました。

魚を獲りたい子。

もっと深く潜りたい子。

海に少し怖さや苦手意識がある子。

それぞれが、それぞれのレベルで海と向き合います。

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潜る練習をする仲間を見て、

「自分も」

とライフジャケットを外すチャレンジをする子。

何度も何度も潜る練習をして、少しずつ深く潜れるようになる子。

素潜り漁師のケイが潜っている時間の長さに、ただただ驚く子。

同じ海にいても、冒険は一人ひとり違います。

この日のメイン食材は、

「ヌシを獲ってくる」

と言ってケイが海から持ち帰った、大きなバラフエダイ。

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魚との本気の対決。

さっきまで海の中を悠々と泳ぎ、海を見守っているようにも見えた大きな魚が、今度は僕たちの糧になる。

魚を持ったときの、ずっしりとした重さ。

そこに、生命の重みを感じます。

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刺身。

唐揚げ。

魚三昧の夕食をみんなで囲みました。

そして夕暮れ。

子どもたちはそれぞれカメラやスマホを手にして、何枚も何枚も写真を撮っていました。

「何もない島」

そんなふうに言われることもある、小さな辺境の離島。

でも、

ないのではなく、

あるものに目を向ければ、生きていくために必要なものは生み出されていく。

それは食べ物だけじゃない。

知恵だったり、

逞しさだったり、

覚悟だったり、

美しさだったりするのだと思います。

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DAY9|それぞれの海へ

早朝。

日の出に合わせて、釣りチームは海へ。

堤防ではなく、磯からの本気の釣り。

昨日食べた魚のアラを餌にして、アカハタを釣り上げる。

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釣り上げることができなかった子もいたけれど、竿越しに伝わる魚の力に驚いていました。

朝食を済ませ、再び海へ。

昨日より穏やかな海。

それぞれが昨日の続きを始めます。

ライフジャケットなしで泳げるようになった子。

昨日より深く潜れるようになった子。

昨日より長く水の中にいられるようになった子。

子どもたちの変化の速さには、本当に驚かされます。

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たぶん、

「あいつには負けられない」

とか、

「みんなやってるし、自分もやってみよう」

とか、

言葉にならないいろんな相互作用があったんだと思います。

誰かの自由が、誰かの自由を広げていく。

お互いが刺激し合うことで、できることも、遊び方も、どんどん増えていきました。

台風の影響を考え、予定より一日早く口永良部島を切り上げ、屋久島へ戻ります。

自然を相手にしている以上、

予定通りに進めることよりも、

変化を受け入れることの方が大切です。


最後の日々|自由と共同体のあいだで

DAY10|怒られたあとの流しそうめん

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台風の影響もあり、午後には島を離れる子もいる。

この日が、全員で一緒に過ごせる最後の日になりました。

毎年恒例の、川での流しそうめん。

午後の船の時間もあるので、大人たちは朝から竹を切ったり、道具を準備したり、結構必死。

子どもたちも旅の疲れが溜まっていたのだと思います。

でも、一向に準備をする様子はなく、だらっとしている。

ここで、僕はキレました。

「流しそうめんやりたいの、大人だけじゃん。俺行かないわ。」

今思えば、怒っていたというより、少し寂しかったのかもしれません。

最後の日だからこそ、

今日別れる仲間と一緒に、

みんなで最後の時間をつくりたかった。

家では親が。

学校では先生が。

先に道を整えてくれることもあるかもしれない。

でも、ここは学校でもないし、僕は先生でもない。

謝る子どもたちに、

「今は一緒に行ける気分じゃない」

と伝えました。

感情的になることが良いのかどうかは、今でもわかりません。

でも、大人だって我慢することもある。

ムカつくこともある。

関係性の中で生きている以上、子どもだけが自由で、大人だけが全部を飲み込めばいいとも思わない。

子どもたちには、

今日お別れする仲間との最後の時間を、一緒につくりたかったこと。

大人だって嫌なことも、ムカつくこともあること。

そして、自然の中で遊ぶには「タイミング」があることを伝えました。

奇しくも、僕が怒ったタイミングで大雨が降ってきました。

川は増水が心配。

急遽、流しそうめんは屋内開催へ変更。

スタッフも屋内でやったことなんてない。

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正解はありません。

だったら子どもたちに任せてみよう。

どうやって流す?

どこから始める?

どうしたら面白い?

みんなで考え始めます。

結果、

ロフトから流れてくるそうめん。

なんじゃこりゃ。

でも、

川に負けないくらい楽しかった。

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怒られたあとでも、関係は終わらない。

失敗しても、やり直せる。

むしろ、そこから一緒につくった時間の方が、妙に記憶に残ったりする。

これもまた、共同体で生きるということなのかもしれません。

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午後は、今日島を離れる子どもたちを見送りに港へ。

別れ際に涙を流す子もいました。

船が見えなくなるまで、みんなで手を振る。

今回の旅で、船という存在はひとつの「旅立ちのシンボル」になっていたように思います。

船に乗って、島を渡る。

その先にはまだ知らない世界へのワクワクがある。

一方で、見送る側には、別れを惜しみながらも、

「行ってこい」

と背中を押すような気持ちがある。

旅立つ側にも、見送る側にも、いろんな感情が入り混じる。

そんな光景を見ながら、頭に浮かんだのが、中島みゆきの

「銀の龍の背に乗って」

船が海を渡るとき、その後ろには波を切ってできる白い航跡が伸びていく。

太陽に照らされてキラキラ輝くその姿は、まるで銀の龍の背中のようにも見える。

その龍に乗って、子どもたちはまたそれぞれの場所へ帰っていく。

少したくましくなった背中を見送りながら、そんなことを思いました。

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そして、ここで思わぬ発見がありました。

港の近くにある屋久島環境文化村センター。

そこで流れていた屋久島の映像に、ある子が夢中になっていました。

山。

森。

海。

生き物。

屋久島の自然の美しさを、ただじっと見ている。

自然の中で10日近く遊んできたあとでも、

映像の中の屋久島に、もう一度心を動かされている。

ベースへ戻り、今度は屋久島の映像をスクリーンに映しました。

山岳の風景。

生き物たち。

そして岸壁に挑むクライマー。

子どもたちは、思っていた以上に熱心に見ていました。

「明日は山に行く?」

と聞くと、

「行く。」

返事はすぐに返ってきました。

こうして、旅の最終日は森を歩くことに決まりました。


DAY11|森歩きと旅立ち

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最終日。

ここに来て、ようやく屋久島の森へ向かいました。

普通、屋久島に来たらまず登山。

でも、子どもたちは案外山に行きたがらない。

決まった道を歩くのは、退屈だから。

そんな彼らから最後になって、

「山に行きたい」

という声が出てきました。

だったら最後に、屋久島の森の話をするのもいい。

向かったのはヤクスギランド。

里は晴れていましたが、近づく台風の影響もあって、山を登るにつれて空はどんどん暗くなっていく。

着く頃には、しっかりとした雨になっていました。

急遽、森へ入る前に屋内で旅の振り返りをします。

勇気を出して頑張ったこと。

もっとやりたかったこと。

そして初日に自分でつけた「冒険のタイトル」。

あのとき描いた冒険と、実際に過ごした10日間はどうだったのか。

一人ひとりが言葉にし、最後にこれからの自分への「誓いの言葉」を宣言しました。

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外を見ると、雨は少し弱くなっている。

でも、まだ降っている。

みんなすっかり油断して、傘も雨具もベースに置いてきていました。

普通なら、

「今日はやめよう」

という選択もある。

でも、この雨に打たれて森を歩くことでしか見えない世界があるんじゃないか。

そんな直感がありました。

歩くのは50分ほどの短いコース。

濡れても大きなリスクはない。

「行こう。」

雨の森へ繰り出しました。

しばらく雨が降っていなかった屋久島。

乾き気味だった苔や木々が水をまとい、森が一気に潤いを取り戻していく。

きれいでした。

子どもたちは、

「寒い!」

「濡れる!」

とブーブー言いながら、最初は足早に歩いていく。

その森には、1000年以上生きる屋久杉たちが立っています。

ここで一方的に木の名前や樹齢を説明するのではなく、

「この木は、どうやってここまで生きてきたんだろう?」

と、一緒に森のストーリーを読み解いていく。

根の張り方。

折れた幹。

他の植物を抱え込むような姿。

雨の流れる方向。

真剣な顔で木を見上げ、話を聞いてくれる子もいました。

途中の吊り橋。

ここでは、それぞれが自分の思いを森に向かって叫びました。

声は川の音と雨音の中に吸い込まれていく。

何を叫んだかは、それぞれ。

でも、この頃には、

「寒い」

と文句を言っていたことも忘れて、みんな笑っていました。


この森歩きのメインは、仏陀杉。

中が大きく空洞になった、樹齢2000年近いともいわれる老木です。

その木を前に、子どもたちへ問いを投げかけました。

「この木は、生きてる? それとも死んでる?」

みんなで、じっくり木を見上げる。

太い幹の中は空洞。

見上げても、そこから生きた枝葉が伸びているようには見えない。

でも途中からは、着生したのか、もともと融合していたのかわからない枝が、生き生きと葉を茂らせている。

仏陀杉が生きているのか、死んでいるのか。

ガイドの間でも見方は分かれます。

正確な答えは、僕にもわかりません。

だから、

「もしかしたら、“生きている”だけじゃなく、“生かされている”って考え方もあるかもしれないね」

と話しました。

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森を見ていると面白い。

植物たちは、人間から見れば止まっているように見える。

でも、見えないくらいゆっくりした速度で枝を伸ばし、幹を太らせ、周りの環境に適応しながら生き続けています。

隣の木が倒れれば光が差す。

そこから新しい枝を伸ばす。

自分が朽ちれば、また別の生命の土台になる。

そこに人間のような「意志」があるかどうかはわからない。

ただ、結果として森は変わり続けています。

正解のない環境の中で、

そのとき、その場所で、

生きる方法を探し続ける。

考えてみれば、

この森の木々こそ、途方もなく長い時間を旅してきた冒険者なのかもしれない。

そんなことを思いました。

正解なんてわからなくても、進み続けること。

そして、人が生きられる時間は思っているより短いこと。

10日間の旅の最後に、

そんなことが少しでも子どもたちの中に残ればいいと思いました。


ベースへ戻り、最後の時間。

一人ひとりに言葉を贈ります。

この旅で印象に残ったこと。

その子の良かったところ。

一緒に過ごして感じたこと。

これから先の人生に向けて伝えたいこと。

子ども同士からも。

スタッフからも。

言葉を送り合いました。

そして、別れ。

10泊11日の旅はここで終わります。

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でも、

「冒険が終わった」

とは、あまり思いませんでした。

船に乗ること。

波に乗ること。

沢を登ること。

魚を獲ること。

誰かを見守ること。

自分の気持ちを言葉にすること。

この旅では、いろんなものを「冒険」と呼んできました。

だったら、

学校へ戻ることも。

家族と暮らすことも。

友達とぶつかることも。

何かに夢中になることも。

きっと全部、その続きにある。

子どもたちは、

日常という次の冒険へ帰っていきました。

ここで過ごした日々がこどもたちの毎日の景色を少し違った角度から見れるようなきっかけになっていたら嬉しいです。


子どもたちを冒険させていたつもりだった。
でも気づけば、僕たち大人も彼らに背中を押されていた。

後日談となりますが、アイランド・ジャーニーのスタッフ3人で屋久島で一番深い谷の中へ3泊の旅に行ってきました。

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冒険する人のそばにいると、自分も冒険したくなる。
その熱に、大人も子どももない。

大人になると自分の冒険や葛藤を後回しにしてしまう。

だけど、冒険を語れるのは過去でも未来でもなく今冒険をし続けている人なんだと思う。そういう大人であり続けたい。

来年また新しい仲間と旅に出られることを、楽しみにしています。

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